天下茶屋(太宰治記念室併設)

富士には 月見草が よく似合ふ

当時 滞在中の太宰治に、ほうとうを出した所、「僕のことを言っているのか」
と不機嫌になったとの事。
けれどほうとうは「甲州の食べ物である」と説明し、これを食べましたら大変
気に入った様子で、次からは「ほうとう、ほうとう」と食べたがったそうです。
ちなみに太宰は「ほうとう息子」と勘違いしていたようです。

記念館設置の目的
太宰治が、滞在した天下茶屋から3代目にあたるこの建物は、
昭和58年4月1日に開店した。
2階の、富士山と河口湖を一望できる6畳間に、ささやかながら
記念館を設置した。一般にあるような記念館とはちがい、太宰
治が滞在した部屋を復元し、当時使用した「机」や「火鉢」などを
置いて、太宰治を偲んでいただきたいのである。特に床柱は、
初代の天下茶屋のものをそのまま使用したものである。
なお、このほか記念館にあるのは、「富獄百景」「斜陽」「人間
失格」などの初版本、「太宰治」「斜陽館」などのパネル、「太宰
治文学碑建設趣意書」「のれん」などである。
天下茶屋


【太宰治と天下茶屋】
天下茶屋が建築されたのは、昭和9年秋のことである。木造2階建で、8畳が3間あって、富士見茶屋、天下茶屋などと呼ばれていた。「天下茶屋」と呼ばれるようになったのは、徳富蘇峰が新聞に紹介した記事がきっかけである。
太宰治が、はじめて天下茶屋を訪れたのは昭和13年9月13日である。それまでの生活に区切りをつけ、思いをあらたにする覚悟、での天下茶屋滞在であった。

11月15日までの3ヶ月余りを、2階の一室ですごすわけであるが、ここでの生活は、太宰に大きな転機を与えた。その第一は、未完ながら「火の鳥」を執筆した

ことである。作品の評価は別として、作家としての意欲に燃えるのである。第2に

結婚である。前年、小山初代と離別し、不規則な生活を送っていた太宰にとって、結婚は安定への1歩であった。天下茶屋滞在直後の9月18日に、甲府清水門町の石原美知子(現夫人)と見合いを行い、結婚を決意している。

「富士には月見草がよく似合う」の名作「富獄百景」は、当時の作者の心境を表現した作品である。

ほうとう・釜めし・季節料理
峠の茶屋

おすすめ料理
峠の茶屋釜めし定食 ほうとう鍋定食 季節弁当ほうとう鍋
峠の茶屋釜めし定食
\1480
ほうとう鍋定食
\1400
季節弁当ほうとう鍋
¥2500より(要予約)
まいたけの釜めしのほか、
四季の釜めしもございます。
先代よりうけついだ伝統の
味秋には山どりきのこのほ
うとうもございます。
ご宴会、会議、ご昼食(季節
料理とほうとうや釜めしの組
合せ)など、ご予算に応じてお
作り致します。御予約、問合
せ等お気軽にどうぞ。

大型バス15台 乗用車50台 収容人員180名
お問合せ
  山梨県南都留郡河口湖町河口2494
  御坂峠本店 0555-76-6659
河口湖分店 0555-76-8388 FAX 0555-76-8588
本店天下茶屋は、冬期1月下旬より3月中旬まで休業いたします。


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