<概 要>
 忍野八海は、富士山からの伏流水に水源を発するといわれる八つの湧水池(湧池、出口池、お釜池、濁池、鏡池、菖蒲池、底抜池、銚子池)の事をいいます。
忍野は、その昔、富士五湖と関連のある湖だったといわれ、八海は、忍野が忍野湖(宇津湖ともいわれた)といわれていたが、その後、漸次西方富士裾野と御坂山系との峡間を水蝕し、堀削排水され遂に忍野湖は乾れたが、富士山の伏流水の湧水口としていくつかの池が残ったものです。
現在の八海は、それぞれ湧水量は異なり、ほとんど沼地化したところもあって八つの池が全部昔のおも影をとどめてはおりませんが、湧池のように今なお2.2立方メートル/secの湧水量を誇っているところもあります。
また、八海から湧出した水の利用は、村内の水田地帯への供給や水力発電に使用されているほか、桂川の最上流の水源地として遠くは相模湖まで通じ、京浜地方の大切な給水源として大きな役割を果たしています。
なお、忍野八海の湧水は、富士山の高地に降った雪や雨が、古いものは、20年以上の時間をかけ、地下水としてロ過されてきたものであり、池の水はいつも澄んでいます。
昭和60年には、水質や水量、保全状況や景観に優れ、古くから地域住民に親しまれてるということで、環境庁より全国名水百選に選定されました。


<忍野八海の成因>
忍野村周辺は、今から2400万年〜510万年前、広大な海が広がり、海底では、激しい海底火山が活動し、厚い海底火山の堆積物を生みに積もらせていました。500万年位前になると、地下深所には、マグマが上昇してきまして、白っぽい石英内緑岩の深成岩体が貫入し、次第に土地を押し上げ、陸地が広がり、現在の駿河湾から、忍野村、富士吉田市、都留市、大月市、上野原町から神奈川にかけて桂川海峡が形作られました。わらにその後陸地化は進み、忍野村一帯も陸地になりました。今から数十万年前、富士山の下に埋まっている小御岳火山と南の愛鷹山が火山活動を始めました。つづいて、小御岳火山の南に、8万年位前から古富士火山が活動し、数万年の間に大きな古富士火山が作られました。この時の古富士火山の溶岩や火山砂礫が、忍野盆地の基盤、御坂層群の上に厚く堆積し、忍野深層地下水湖の貯留層になっています。この古富士火山活動末期の約2万年前から、新富士火山活動初期の約1万年前の間に旧忍野湖は形成され、約2メートルの淡水性の珪藻化石を含んだ珪藻粘土層が堆積しました。新富士火山活動初期の溶岩が、今の忍野八海付近に流れ込み、地表の旧忍野湖は次第に消滅し、現在の地下水湖になっています。富士山からの多量の地下水は、新富士火山の透水層中の地下水および、古富士火山堆積物の不透水層部より下部の透水層中の圧力を持っている地下水等が共に湧出し、忍野八海等の水を豊かに供給しています。また、珪藻粘土層中には、地下水の浸食により形成されました、極めて珍らしい、直径2m前後の地下の河川(天然の地下水路)もあり、忍野八海をさらに神秘的な水のロマンの”ふるさと”にを謳い上げています。

忍野八海

<各種データ>
(水温) (湧出量) (魚類) (植物)
湧池 13℃(年平均) 2.2立方メートル/sec ひめます、にじます
こい、うぐい、はや、
かじか、ふな、うなぎ、
どじょう、もろこ、
やまめ、なまず
わかさぎ、ぬま

−他の生物−
ぬまえび、しじみ、
さわがに、うずすまし、
げんごろう、がむし、
あめんぼう、みずかまきり
ぼうふら、たいこうち、
かわにな、まるたにし
せきしょうも
まつも
きんぎょも
えびも
ひうはのえびも
やなぎも
くろも
ばいかも
うきぐさ
むくむくしみずこけ
おおかわごけ
ふじいずみごけ
濁池 12℃ 0.041立方メートル/sec
鏡池 11.5℃ 月によって消長あり
菖蒲池 12℃ 月によって消長あり
銚子池 13.5℃ 0.02立方メートル/sec
底抜池 14℃ 0.15立方メートル/sec
お釜池 13.5℃ 0.18立方メートル/sec
出口池 12.5℃ 0.265立方メートル/sec


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