忍野八海の伝説


第1の霊場 「出口池」
 この池の湧水は、富士山の雪がとけて地下にしみとおって、ほこりっぽいこの世とはかかわりなく湧き出す水なので「清浄な霊水」と呼ばれ、富士登山をする行者や道者たちはこの水で汚れをはらい、登山し、また、この水を携えることにより無事登山することができると、昔からの言い伝えがあり、堅く信じられてきた。このようなことから、この池の別名を精進池ともいった。石碑には「あめつちの ひらける時にうこきなき おやまのみつの 出口たうとき」との和歌が刻まれ、八海めぐり忍野第一番の霊場として難陀竜王がまつられている。

第2の霊場 「お釜池」
 昔、この池のほとりにあった家に、年老いた父親と2人の美しい娘が住んでいた。父親は百姓をし、娘たちは裁縫や、洗濯をしていた。ある日、妹娘が洗濯をしていたところへ、突然大蟇が一匹現われて、その娘を強引に水中に引き込んでしまった。それを知った姉娘は、泣き叫んで近所の人達の助けを求める一方、畑仕事に出ていた父親を呼んで、妹娘の救出をはかったが、いつまでたっても娘はかえらず、いくら探してもその遺体は浮かんでこなかった。それ以来、父親と姉娘は命ある限り、お釜池のほとりにある家にとどまって、不幸な妹娘の冥福を祈り続けたという。八海めぐり第2の霊場として、跋難陀竜王をまつり、今はない、石碑には「ふじの根のふもとの原にわきいづる水は此の世のおかまなりけり」との和歌が刻まれていたといわれる。

第3の霊場 「底抜池」
 この池は器物や野菜を洗う時、あやまって手を離すと、渦に巻き込まれて行方不明となり、いくら探しても見つからないといわれ、失われた物は池の底の穴をくぐってお釜池に浮かび上がってくるといわれたいる。以来、このようなことがたびたびあったため、村の人達はこの池で物を洗うことを神様が嫌っているのだということが広まり、村人は恐れていると伝えられる。八海めぐり第3の霊場として釈迦羅竜王をまつり、池畔の石碑には「くむからにつみはきへなん御仏のちかひぞふかしそこぬけの池」との和歌が刻まれている。

第4の霊場 「銚子池」
 昔、ある家の花嫁が厳粛な結婚式の最中、おならをした、その音がすごく大きかったので、つつみかくすことができず、年若い初心な花嫁はこれを深く恥じて、結婚式の席にいたたまれず、すきをみて席を抜け出し、銚子を抱いて、この池に身を投げた。その後、花嫁の履いていたぞうりが池の水面に浮かんできた。そして時折、美しい姿が生きているように、池の底に映って見えることもあったといわれている。この悲しい伝説がもととなり、今日では縁結びの池として伝えられている。池畔の和脩吉竜王をまつり、第4の霊場で、石碑には「くめばこそ銚子の池もさはぐらんもとより水に波のある川」との和歌が刻まれている。

第5の霊場 「湧池」
昔、富士山が噴火したとき、人々は焼けつくような熱のため大変苦しんだ。そして喉の渇きや、人家の火事、また野火を消すためにもと、人々が水を求めて叫ぶ声が天地の間に広がった。この時、天の一方に大変美しい声で、私を信じなさい。そして、永久に私を敬うならば、私がみんなに水を与えようといわれた。この声の主は、「木花開耶姫命」で、その後まもなく熔岩の間から水が湧き出し、池となった。人々はこの池を「湧池」と呼んで、これを飲料水や水田に用いて今日にいたっている。また、毎年木花開耶姫命の祭りを行い、神輿をこの池の水で洗い浄めるのが恒例となっている。八海めぐり第5の霊場として八大竜王の一神、徳叉迦竜王をまつり、石碑には「いまもなほわく池水に守神のすへの世うけてかはれるぞしる」との和歌が刻まれている。

第6の霊場 「濁池」
もとは澄んだ水を湛え、飲料水となっていたが、ある日、乞食のようなみすぼらしい行者がきて、池の地主の軒先に立って、一杯の水を求めたとき、その家の老婆がぶあいそうに断ったので、この池は急に濁ってしまったといわれている。またこの濁り水を器に汲みとれば澄んだ水に変わるという。八海めぐり第6の霊場として、阿那婆達多竜王をまつり、今は池に埋もれてないが、石碑には「ひれならす竜の都のありさまをくみてしれとやにごる池水」との和歌が刻まれていたといわれる。

第7の霊場 「鏡池」
 池の水は濁った水だが、さかさ富士の姿がはっきり映るので、この名がつけられた。また、この池の水は、すべての事の善悪を見分けるといわれ、部落内になにかもめ事が起きて、事のおさまりをはかろうとするときは、争っている双方が池の水を浴び、身を清めて祈願した。八海めぐり第7の霊場で麻那斯竜王をまつり、今はない石碑には「そこすみてのどけき池はこれぞこのしろたへの雪のしづくなるらん」との和歌が刻まれていたといわれる。

第8の霊場 「菖蒲池」
昔、この池の近くに仲のよい若夫婦が住んでいた。ところが、不幸にも夫が肺病にかかり、妻はできるだけの力を尽くして食事や医薬の世話をしてやったが、夫の病は重くなるばかりであった。妻はもう神仏に助けを求める以外にないと考え、この池の水を浴びて身を清め、一心不乱に祈願した。すると、ちょうど37日目に「池の菖蒲をとって夫の身に巻けば、夫を苦しめている病魔は必ず退散する」という神のお告げがあった。妻はお告げのとおりにしてやると、重病だった夫の病も日増しに熱がさがり、食物もたべられるようになっておきて出歩くようになり、一ヶ月たたないうちに全快したといわれている。毎年旧正月14日には筒粥の神事をこの池で行ない、年内五穀の豊凶を占ったともいわれている。八海めぐり第8の霊場で、優鉢羅竜王をまつり、石碑には、「あやめ草名におふ池はくもりなきさつきの鏡みるここちなり」との和歌が刻まれている。


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